鯉のぼり

鯉のぼりには深い歴史や言い伝えが残っており、それを伝えることも重要な事柄の一つです。

上記ではご紹介出来なかった鯉のぼりに関する事柄をご紹介致します。

江戸っ子は皐月の鯉の吹流しと言われていたことからも想像が付きます。

鯉のぼりは、門松や雛人形と同じく、江戸時代中期の比較的裕福な家庭のみで始まった習慣とされています。

富やお金に余裕があった家庭のみで楽しまれていた娯楽的要素が入っていたのかもしれません。

端午の節句の時には、厄払いを兼ねて菖蒲を用いていました。

このことからも、菖蒲の節句とも呼ばれていました。

武家では男児の立身出世・武運長久を祈る年中行事になっていきました。

菖蒲の節句の時には、武士の家庭では先祖代々伝わる鎧や兜を奥座敷に飾り、玄関には旗指物を飾って家長が子供達に家訓や訓示を垂れたと言われています。

その一方で、大きな経済力を持っていても、社会的には武家よりも地位が低く設定されていた商人の家庭では、武士に対抗して豪華で雄大な武具の模造品を造り、のぼりの代わりに黄表紙の挿絵などを美しく飾るようになっていきました。

また、これだけでは芸も華もないので、竜門の故事にちなんで鯉の絵も描くようになった事が今の鯉のぼりの派生だと考えられています。

鯉のぼりに肖った行事

日本では全国各地で鯉のぼりに肖った行事やイベントが開催されています。

戦争が起こる前から鯉のぼりの生産量が日本で一番だった埼玉県加須市では、長さ100メートル、重さ350キログラムの巨大な鯉のぼりを製作して、全長が世界一の大きさで話題になりました。

市民平和祭りで利根川の河川敷で毎年5月に勇姿を見せてくれます。

群馬県では世界一こいのぼりの里祭りが毎年3月下旬から5月の中旬まで開催されて、5000匹以上の鯉のぼりが鶴生田川などの4箇所で掲揚されます。

2005年には鯉のぼりの掲揚数世界一でギネス記録にも認定されました。

高知県の四万十川では、500匹の鯉のぼりの川渡しが行われており、発祥の地としても有名な行事になっています。

同じ高知県でも、和紙の生産地で有名な吾川郡では、水に濡れても破れる事がない頑丈な和紙を使って鯉のぼりが作られ、仁淀川に放流されます。

この他にも200匹の鯉のぼりをライトアップしていたりとたくさんの鯉のぼりが主役になっている行事が全国では沢山行われています。

鯉のぼりに関する童謡も歌われています。

日本を代表する音楽家の滝廉太郎が作曲した鯉のぼりや、近藤宮子作詞のこいのぼりなど有名な歌が現代にも歌い継がれています。

日本人の文化に馴染み深い鯉のぼり。

鯉のぼりの歴史は長く、時代を駆け巡るにつれて今の鯉のぼりの形となって私達の目の前に現れているのです。

ただ単に鯉のぼりを見るだけではなく、歴史的背景を覗いてみると、鯉のぼりの風情や趣が新しい景色となって見えてくるかもしれません。

伝統行事を後世にも伝えていくために。